競馬場レースイメージ
競馬場イメージ
出走馬の様子
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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    絶望的と思える位置から
    名手に導かれた大逆転劇

    1996年 京都新聞杯 ● 優勝 秋始動戦はスローぺースを折り合い、着差(3/4馬身)以上の完勝(左から2頭目)。一冠へ弾みをつけた©K.Yamamoto

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    舞台は京都芝3000㍍の菊花賞。中団で脚をためるも勝負どころで前が壁になり、万事休すの展開に(桃帽)©M.Sakitani

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     夏を牧場で過ごしての秋の始動は京都新聞杯となった。

     このレースには春の「SS三強」が揃って出走してきたが、人気はダンスインザダークが単勝1・9倍と、ロイヤルタッチ、イシノサンデーに大きく差をつけた。そしてレースの結果もまた、そのとおりのものとなった。

     いわゆる「SS三強」の中では明らかにダンスインザダークの力が抜けている、それがはっきりしたといっていい。

     そして迎えた11月3日、京都競馬場には12万を超える観衆が集まっていた。

     ダンスインザダークは1番人気、2番人気はあのダービー以来の対決となるフサイチコンコルドだった。状態は万全で、橋口調教師には「勝てる」と確信していたダービーと同じくらいの自信があったが、懸念材料があるとすれば大外17番枠を引いたことだった。

     仮柵が外されたばかりで、内枠の馬はいい馬場を走れるのに対して、外枠は荒れたところを走らされる。これは嬉しくない材料である。

     しかし、武騎手は1周目の4コーナーでダンスインザダークをすっと馬場の内に誘導する。これで馬場のいいところを走れることになったダンスインザダークは、中団の後ろで脚をためることができた。

     逃げるローゼンカバリーが作ったペースは前半1000㍍の通過が1分1秒9、2000㍍が2分7秒0という超のつくスローペース。3コーナーの下りで上がっていったダンスインザダークだが、前を走っていた馬が突然下がりはじめ、行き場をなくしてしまう。

     内のいいところに潜り込んだことが、ここでは裏目に出てしまったのだ。ダンスインザダークはこの勝負どころで、絶望的と思える位置まで下げられてしまう。

     このとき馬群がごちゃついたことで、ファンの多くも橋口調教師も、ダンスインザダークを見失ってしまった。が、仮に見失わなくても、もう駄目だろう、あの位置からではとても届かない。ほとんどの人はそう諦めていたはずである。

     彼らが再びダンスインザダークの勝負服をその眼に捉えたのは、直線も半ばのことだ。馬場の中央を通り、凄まじい脚で前に迫る姿が眼に飛びこんでくる。

     どうしてこの馬はこんなところにいるんだ、と思う間もなく、ダンスインザダークはロイヤルタッチとフサイチコンコルドに並ぶ暇を与えることなく差し切ってしまった。

     こんなことがあるのか、と思うようなレースだった。ダンスインザダークは、ついに春の雪辱を果たしたのである。

     なぜ直線でいきなりダンスインザダークが現れたのか、その理由を橋口調教師が知ったのは、のちにレース映像を確認してからだ。

     想定外の位置まで下がっても、武騎手はまったく慌てていなかった。

     京都の4コーナーは必ず内が開く。その最内に飛び込み、ダンスインザダークの末脚を爆発させる。

     そして、先行馬群の間を、まったくスピードを落とさず、ここしかない、というコース取りで伸びてきたのだ。これができる騎手は、そうはいない。馬群を抜けたところでようやく観客は「ここにいた!」と気づいたのである。

     菊花賞でのダンスインザダークの上がりは推定33秒8。とても3000㍍のレースにおける上がりタイムとは思えない数字だが、この激闘の影響もあったのだろう。レース後、ダンスインザダークは左前浅屈腱炎を発症し、そのまま競走馬を引退することになった。

     デビューからわずか8戦、1年に満たない短い競走生活だった。あまりにも早い、そして無事であればおそらく実現していたであろう海外遠征を考えても、惜しんであまりある引退だった。

     が、あの11月3日、京都競馬場にいられた人は、その幸運を決して忘れることはないだろう。

     ダンスインザダークは、そんなことを考えさせてくれる、特別なサラブレッドだった。

    1996年 菊花賞 ● 優勝 4コーナーで内を突き、進路を変えながら目の覚める末脚で大逆転。後に屈腱炎が判明し、ラストランとなった©K.Yamamoto

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    ©K.Yamamoto

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    ダンスインザダーク DANCE IN THE DARK

    1993年6月5日生 牡 鹿毛

    サンデーサイレンス
    ダンシングキイ(父Nijinsky)
    馬主
    (有)社台レースホース
    調教師
    橋口弘次郎(栗東)
    生産牧場
    社台ファーム
    通算成績
    8戦5勝
    総収得賞金
    3億7955万1000円
    主な勝ち鞍
    96菊花賞(GI)/96京都新聞杯(GⅡ)/96弥生賞(GⅡ)
    JRA賞受賞歴
    96JRA賞最優秀3歳牡馬

    2022年1月号掲載

    辻谷秋人 AKIHITO TSUJIYA

    1961年生まれ。群馬県出身。コンピュータ系出版社を経て、㈱中央競馬ピーアール・センターに入社。「優駿」の編集に携わった後、フリーとなる。著書に「馬はなぜ走るのか やさしいサラブレッド学」「そしてフジノオーは「世界」を飛んだ」など。この他、「サッカーがやってきた~ザスパ草津という実験」「犬と人はなぜ惹かれあうか」とジャンルは幅広い。

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