優駿11月号 No.971
2024.10.25発売
天皇賞(秋)からジャパンCへと続く頂上決戦展望
現役最強の座へ
秋の短距離王決定戦を制したのは、骨折休養明けのルガル。
1番人気10着に敗れた高松宮記念の雪辱を果たし、人馬ともに悲願の初戴冠となった。
実績馬の戴冠か、香港の刺客か
新エース誕生の期待も高まる
群雄割拠の短距離路線。と言えば聞こえはいいが、これという存在がいないのが実情だ。今年のスプリンターズSのメンバーを見ても、昨年の覇者ママコチャにしても、今年の高松宮記念を制したマッドクールにしても、ブレイクというほどには至っていない。むしろ重賞の数だけで言えば、トウシンマカオやナムラクレア、ウインマーベルらの方が勝っており、これが短距離路線の混迷さを後押ししていた。エース登場が待望される中、台頭してきたのがサトノレーヴだった。
この夏には函館スプリントS、キーンランドCと連勝しサマースプリント王者となった5歳馬で、キャリアはまだ9戦7勝2着1回。唯一連対を外したのは10カ月ぶりの休み明けだったレースのみと底を見せていない。父がロードカナロア、母の父がサクラバクシンオーという血統の字面もあって、日本の短距離路線の新たなエースとしての期待は1番人気という支持に表れた。
しかし、一筋縄でいかないのが、今の日本の短距離路線だ。さらに今回は香港からやってきた2頭の刺客が拍車をかけた。
ビクターザウィナーは高松宮記念にも来日して、初の左回りながら3着に好走した実績がある。しかも、上位2頭が内に進路を取ったのに対して、この馬は馬場の真ん中を選択した。進路取り次第では勝ち負けに加わっていてもおかしくなかった。管理するのはロマンチックウォリアーで安田記念を制したC.シャム調教師。今回は名手J.モレイラ騎手を配したとなれば、勝負気配を十分に感じさせた。
もう1頭のムゲンは、JRAから輸送費の補助を受けられるレーティングの基準に満たず、完全に自費での遠征。それにもかかわらず帯同馬を伴って来日した。勝負気配ではこちらも負けていない。
そうした中で、密かに、牙を研ぎ澄ませていたのが、高松宮記念以来のレースとなるルガルだった。高松宮記念は1番人気。その前走のシルクロードSでは、2着のアグリに3馬身差をつける短距離重賞としては圧勝とも言える内容を見せ、今回のサトノレーヴ同様に次のエースとしての期待が寄せられていた。しかし、結果は10着。重馬場の影響か、レース後に判明した骨折か、原因は定かではない。しかし、管理する杉山晴紀調教師にも、騎乗した西村淳也騎手にとっても、「期待に応えられず悔しい」という思いを残したのは間違いない。自身らも、それだけルガルがエースとなることを疑っていなかったからだ。
馬の状態には自信あり
鍵を握るのはスタート
骨折の部位は左前の膝で、全治6カ月の診断。あくまで治るまでの見込み期間で、100%の状態になるまでの期間ではない。それでも秋の大舞台で、再度力を証明するために、陣営はルガルのケアに勤しんだ。ルガル自身もそれに応えるように回復。「経過も見ながらなので、ギリギリ間に合うかどうか。それが、馬が思った以上に対応してくれました」と杉山調教師は労う。レースの1週前の追い切りでは、西村騎手が「シルクロードSぐらいの状態にある」と実感。そのシルクロードSが圧巻の内容だっただけに、“ギリギリ”を超えて自信を持ってレースに臨める状態となっていた。
この9月からの中山開催は、芝のレースはとにかく先行有利。その傾向は、雨の影響を受けた最終週も変わりなく、レコード連発だった時計がようやく標準レベルになった程度だった。
シルクロードSこそ好スタートを決めての圧勝だったが、それ以前のルガルはスタートにムラがあった。状態に自信があったからこそ、最後のピースはスタートというのは杉山調教師、西村騎手の共通認識でもあった。
「キャンターに行くおろし方も、常歩も丁寧にやりましたが、ゲート内で(ルガルが動くので)ヤバイなあ、出遅れたら(先生に)怒られる」と西村騎手は思ったそう。しかし、13番枠からスタートしたルガルはトップスタートではなかったものの、行き脚がついてピューロマジック、ウイングレイテストに続く3番手を確保。飛ばすピューロマジックの前半3ハロンが32秒1という流れに、行くと思われたビクターザウィナーはむしろハイペースに巻き込まれることを嫌って控えたため、ルガルは単騎3番手で追走する形となった。自身のラップも32秒8。常識的には厳しい位置取りだったが、今の中山の特性、そして状態がシルクロードSと同じルガルにとっては、ここで勝負あった。
迎えた直線、外からまずビクターザウィナーが並びかけてくるが、急坂に入って伸びを欠く。対照的にルガルはあっという間に先頭に抜け出す。2番手以降は横一線の攻防の中、内からトウシンマカオ、中からウインマーベル、外からママコチャとナムラクレアが押し寄せる。トウシンマカオがクビ差まで迫り、さすがにシルクロードSほど突き放せはしなかったものの、着差以上に危なげのない走りで押し切ってみせた。1番人気のサトノレーヴは7着。2番人気ママコチャは4着、3番人気のマッドクールは12着と短距離GI馬は共に馬券圏外となり、香港からの2頭もビクターザウィナーが6着、ムゲンは13着に終わった。
「トレセンでもゲート練習はしてきましたが、今日は五分に出したジョッキーを褒めるべきです」と杉山調教師は殊勲の鞍上を称える。しかし、当の西村騎手は、「すみません、レースの記憶が全然ありません」。一番の課題であるスタートをクリアしてプレッシャーから解放されたせいか、レース中はいわゆる“ゾーン”に入ったのか、はたまたGⅠ初勝利の感慨が記憶を飛ばしてしまったのか。真っ白なほど、スタート後からゴールしてマッドクールの坂井瑠星騎手に声を掛けられるまで、全く覚えていないのだと言う。
西村騎手は2018年にデビュー以来、これまで重賞を8勝してきたが、そのうち最多となる4勝を杉山晴紀厩舎の馬で挙げている。昨年重賞を2勝したエルトンバローズとのコンビでは香港にも遠征した。「今までたくさん迷惑をかけた」という杉山厩舎の馬でGⅠ初勝利を飾れた意義も大きいはず。
また、西村騎手の感謝は女手ひとつで育ててくれたという母親にも及んだ。「(騎手になりたいという自分のために)小学校から乗馬を習わせてくれて、中1ぐらいからは一緒にご飯を食べる時間もないほどでしたが、やること全て後ろから応援してくれました」
骨折の休み明けで盲点となっていたが、高松宮記念時点での評価からはむしろ順当な勝利だったルガル。群雄割拠の中から日本の短距離路線のエースとして君臨できるか、今後の走りを楽しみにしたい。
2024.10.25発売
天皇賞(秋)からジャパンCへと続く頂上決戦展望
現役最強の座へ