story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 62
若武者と咲かせた菊の大輪
ナリタトップロードのひたむきさ
2021年5月号掲載掲載
デビュー6年目の渡辺薫彦騎手とクラシックを戦ったナリタトップロード。
“三強”の中で唯一GIタイトルを獲得できなかった春を乗り越え、
菊花賞を制した人馬の歩みを中心に、彼の愛された競走馬生活を振り返ろう。
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あの日、1999(平成11)年の日本ダービー当日、大激戦となったゴールシーンを見届けたあと、勝敗を隔てるわずかな差について、しばらく考え続けた。それから私は腰を上げて、スタンド上階から検量室へ下りていった。GIのあとはどうしても、引き上げて来た人馬を見たくなる。それぞれの表情や様子を心に収めてようやく、大切な1戦はフィナーレを迎える気がしてならない。
邪魔にならぬよう、検量室を背にして立ったのだ。だから、背後の窓ガラスを覗き込んだのは、ごくごく自然の成り行きだった。
2着に敗れた渡辺薫彦がそこにいた。激しい嗚咽を止められない姿に、この目を離せなくなった。
――無理もないか……。
思ったのはきっと私だけではない。
最後の直線ではまず、3番人気のテイエムオペラオーが先頭に立った。直後に外から、ねじ伏せるように交わしたのが渡辺騎乗のナリタトップロードだった。皐月賞馬を徹底マークした騎乗に非の打ち所はなかった。
よし! 本人は思ったはずなのだ。
だが“真の刺客”は、実はまだ背後にいた。皐月賞で6着に敗れながら、この日も単勝3・9倍、トップロードと同等の支持を受けたアドマイヤベガだ。4コーナーではまだ後方、実に14番手から、サンデー系ならではの切れを示して猛然と前に迫った。そしてゴールのまさに寸前、トップロードを交わし去ったのだ。鞍上の武豊は、このクビ差での勝利で、前年のスペシャルウィークに続くダービー連覇を達成した。それは史上初の快挙だった。
名手が名手らしい輝きを放った一方で、デビュー6年目を迎えた渡辺の、技量や経験不足を不安視する声はクラシックの前から多かった。所属する沖芳夫厩舎の馬を中心に前年は19勝、この年のきさらぎ賞をトップロードで制したのが重賞初制覇だった。GIでの出走経験も96年の皐月賞、NHKマイルCがあるに過ぎず、とりわけ後者では暴走気味のハイラップを踏んで惨敗していた。
――渡辺で本当に大丈夫なのか?
そんな声と共に、向かい風は常に強かった。それでも、誰もが認める好漢は前を向く姿勢を忘れず、自らを奮い立たせるように公言したものだ。「強い馬はいますけど、馬との信頼関係では絶対負けません」と。
皐月賞ではオペラオーに差され、3着に敗れた。それでもの1番人気なのだから“何としても”の思いは強かった。これが初のダービー、ただでさえの重圧の中、見せた騎乗は繰り返すが満点だった。しかし、最後の最後に交わされてしまった……。
悔しさに打ち震えて、渡辺の嗚咽は止まらなかった。なおも見つめながら、私は思ったものだ。
めったに流せる涙じゃない、と。
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