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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

未来に語り継ぎたい名馬物語 61

史上最大着差で“世界”に勝利
タップダンスシチーが得た転機

三好 達彦 TATSUHIKO MIYOSHI

2021年4月号掲載掲載

キャリアを重ねて出会った新たなパートナーと、築き上げた徹底した先行策。
迷いなき戦術を得て、ジャパンC、宝塚記念と2つのGIを制し、
8歳まで現役を続けた彼は、いかにして一流に上り詰めたのか――。

    ©H.Watanabe

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     2002年12月22日。有馬記念が行われた中山競馬場の調教師席で佐々木晶三は静かに佇んでいた。管理馬のタップダンスシチーを出走させていたからだ。

     そのとき、佐々木の右手にこそ双眼鏡が握られていたが、もう一方の左手には帰り支度を済ませたカバンがさげられていた。管理馬がゴールし、無事を確認したらすぐ帰途に就こうと思っていたからである。

     佐々木はのちに、このときの心境を「まったくの無欲」と表現している。タップダンスシチーは重賞を勝利していたものの、GIレースは5歳にして今回が初出走という身。ほかの出走馬には、3歳にして天皇賞(秋)を快勝したシンボリクリスエス、無敗のまま秋華賞、エリザベス女王杯を勝って臨んできたファインモーション、前年の日本ダービー馬にして、3歳でジャパンC制覇という偉業を成し遂げたジャングルポケットなどの強者がずらりと顔を揃えていた。タップダンスシチーの単勝は出走14頭中13番人気で、オッズは86・3倍。ファンはもちろん、当の佐々木でさえ勝負にはなるとはまったく思っていなかった。仕上げに自信はあったが、ここに揃った馬たち、特に「日本の歴代最強馬だと思っていた」シンボリクリスエスは、そう簡単に通用するような相手ではない、と。それゆえの“帰り支度”だったのである。

     好スタートを切ったタップダンスシチーは一旦先頭に立ったが、1周めのスタンド前、ファインモーションがファンの大歓声に反応して引っかかると、一気に先頭に立ってレースを先導するかたちになる。馬群が向正面に入ると、やっと落ち着いたファインモーションがペースを落としていくが、そのタイミングを見計らったようにこんどはタップダンスシチーがスピードを上げてファインモーションから先頭を奪い返し、後続を引き離しながら3コーナーを回る。佐藤哲三の絶妙な手綱さばきが見事にはまった。

    「面白いレースやな、と思って見ていたら、まったく脚色が衰えないからびっくりした」佐々木は、ここで左手のカバンを落としてしまったという。

     直線へ向いてもタップダンスシチーは後続にまだ数馬身の差を付けていた。スタンドが騒然とするなか、シンボリクリスエスが中団から猛然と末脚を伸ばしてきた。

     間に合うのか、間に合わないのか。

     結果、ゴール寸前でシンボリクリスエスにわずかに交わされ2着に敗れはしたが、タップダンスシチーは最後の最後まで天皇賞馬を苦しめた。

     騎手の佐藤はのちに「僕のなかではシンボリクリスエスが『いちばん強い馬』でしたから、最後にスッと交わされたのが悔しかった」と振り返っている。また佐々木は、「以前から将来は強くなる馬だとは思っていたけれど、振り返れば最初に大きな手応えを感じたのはクリスエスの2着になった有馬記念でしたね」と回顧している。

     二人の言葉のとおり、タップダンスシチーにとってこの日は彼の大きな転機になった。

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