story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 51
府中で二度煌いた閃光
エイシンフラッシュの瞬き
2020年4月号掲載
ダービー仕様のストライドと
それを鼓舞した鞍上の思い
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6枠11番からスタートした皐月賞では、馬群の中央で4コーナーを回り、直線の4分どころを伸びてきた。よくよく見れば強い競馬をしているのだが、その一方で、5連勝を飾ったヴィクトワールピサ(その父ネオユニヴァース)は、トライアルの弥生賞と同じく最内から伸びてエイシンフラッシュに1馬身半の差を付けた。また2着のヒルノダムール(その父マンハッタンカフェ)は、さらに外を伸びてエイシンフラッシュに先着した。血統に由来する“サンデー系に切れ負けする”イメージが、皐月賞の結果でより強くなったのは事実だ。だからダービー当日、ヴィクトワールピサは2・1倍の1番人気、ヒルノダムールは8・8倍の3番人気だったが(青葉賞を勝ったペルーサが2番人気)、皐月賞の3着馬は、31・9倍の7番人気と水を大きく開けられていた。
前半の1000㍍を61秒6で通過したあと、ダービーのラップは13秒台に落ちた。この前後、折り合いを欠く馬の姿が目立った。だが、事前の準備が功を奏して、エイシンフラッシュは難を逃れていた。
“皐月賞仕様からダービー仕様に”
藤原厩舎では、ダービーを前に、皐月賞に必要な“技”(つまり中山コースへの対応力)を仕込むのから一転、のびのびと歩かせ、また走らせるよう接し方を変えた。その仕様転換がここで活きたのである。折り合いを欠くことなく先団を追走して、直線では馬群に突っ込んでいけた。
すぐ外を見れば、ローズキングダムが抜け出すところだった。一方の内ではヴィクトワールピサが伸びあぐねていた。そして迎えた残り200㍍、ここでエイシンフラッシュはダービー仕様のストライドを一気に伸ばしたのだ。
「相手に並ぶのが本当に速い馬なんです。その速さを活かせる展開になれば、と思っていました」
ダービーからしばらくの後、鞍上の内田博幸は筆者にそう話した。
08年、JRAに籍を移した際の記者会見において、「中央でもリーディングジョッキーになります。そして日本ダービーを勝ちます」と内田は明言した。自らのその言葉のとおりリーディングをすぐさま獲得し、残る夢をかなえるべく、渾身の力でダービーのゴールに迫ったのだった。
“相手に並ぶのが速い”からこそ、先に抜け出したローズキングダムは格好の標的となった。一気に並びかけ、一気に突き放した。そしてゴールの寸前、内田の鞭がうなった。
パン、パン、パン!
目の覚めるような3発は、音が聞こえてきそうなほどに力強かった。
「あそこで気持ちを緩めてしまい、負けたらどれだけ悔しいか。自分だけの話じゃないんです。馬の一生だってかかっているし、厩務員さんや調教師さんや馬主さんの、ダービーを勝ちたいって思いも消してしまいます。ここで勝たなきゃ、もうチャンスはないんだって気持ちで、しゃにむに追ってましたね」
鞭の理由を内田はそう振り返った。
スローペースとはいえ、記録した32秒7の上がりは、今なおダービー史上の最速である。“切れ負け”するイメージの強かった名馬の示した、それはまさしく究極の末脚だった。
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