story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 44
舞台を問わない平成の万能型
アグネスデジタルの旅路
2019年7月号掲載
衝撃のGI初制覇と
論争を呼んだ天皇賞(秋)
競走馬アグネスデジタルには、二つの得難い特性があった。そして、その特性ゆえに彼の現役生活はスペクタクルに満ちたものとなった。
2歳9月にデビューし、3歳2月まで7戦したが、このうち6戦はダートの競馬だった。当時はGⅡだった川崎の全日本3歳優駿(レース名の表記は当時のもの)を制し、しっかりと答えを出している。ところが、3歳の春を迎えると一転して、芝の競馬を3戦することになった。
その初戦となったGⅢクリスタルCを前にして白井調教師は「2歳時に一度芝を使った時はソエが出て、手前の替え方もぎこちなかった。ここでもう一度走りを見極めたい」とコメントしている。
このレースで3着に好走したため、芝を続戦することになった同馬は、GⅡニュージーランドトロフィー4歳S3着、GINHKマイルC7着の成績に終わった後、再び方向転換。ダートに舞い戻って4戦し、当時は秋の中山が舞台だったGⅢユニコーンSを制し、JRA重賞初制覇を果たしている。続いて出走したのが、この年から開催時期が春から秋に移行し、GIジャパンCダートの前哨戦となったGⅢ武蔵野Sで、ここでもアグネスデジタルは初対戦だった古馬を相手に2着に好走した。
だからこそ、同馬の次走がGIマイルCSと発表された時には、ファンは戸惑った。というか、訝った。芝では未勝利の馬を、なぜ芝のGIに使うのか、と。レース前には「芝が不向きではないんだ」とだけ語っていた白井調教師は、レース後、「現状ではマイルがベストだから」と、レース選択の背景を吐露している。
残り100㍍で1番人気のダイタクリーヴァが抜け出した時には大勢決したかに見えたが、そこから大外を伸びたのが18頭立ての13番人気だったアグネスデジタルで、一気に抜け出して優勝。勝ち時計の1分32秒6はトラックレコードだった。
衝撃のGI初制覇を果たした同馬は、4歳春は不振に陥り3連敗を喫した。だが、立て直して臨んだ4歳秋から5歳春にかけてのキャンペーンを通じて、異端の天才アグネスデジタルの名は不動のものとなった。
序盤の戦いはダート路線で、GⅢ日本テレビ盃、GI南部杯を連勝。そして、競馬界を揺るがす騒動が勃発したのが、その直後だった。マイルCS連覇を目標にすると見られていた同馬の陣営が、GI天皇賞(秋)を目指すことを表明したのである。
騒動の背景にあったのは、当時の天皇賞の出走規定が「外国産馬の出走は2頭まで」となっていたことで、誰もが想定していなかったアグネスデジタルが登録してきたために、この年の春にNHKマイルCを制していた3歳世代の芦毛の怪物クロフネが、出走枠から外れることになったのだ。しかも、この年の天皇賞(秋)はフルゲートに5頭も満たない13頭立てで、それにもかかわらずクロフネとエイシンプレストンが除外となったことが、ファンを巻き込んだ論争を呼んだ。
だが、天皇賞を除外となったことで前日の武蔵野Sに廻ったクロフネは、初ダートだったここを9馬身差で快勝したのに続き、ジャパンCダートも7馬身差で圧勝。走破タイムはいずれもJRAレコードで、ダートにおける日本競馬史上最強馬との評価を得ることになった。一方、アグネスデジタルも天皇賞(秋)を快勝。2000㍍路線のGI初制覇を果たした。すなわち、この天皇賞を走った馬にも、除外になった馬にも、ハッピーな結末が待っていたのだ。
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