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出走馬の様子
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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

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誕生してからずっと不安視された
脚元が彼を苦しめることに

 1月、中京競馬場で行われたオープン戦はマルゼンスキーの参戦を知ったライバルが次々と出走を回避。一時は不成立になるところだった。当時は芝コースで1着馬から4秒以上遅れてゴールした馬は一定期間出走できなくなる規則(現在は距離別など細かく分類されている)があり、それを恐れての回避だった。結局、5頭立てで実施され、マルゼンスキーは2着馬に2馬身半の“小差”をつけて勝利。出走してくれた馬たちがタイムオーバーにならないように気配りして走った? そんな見方もあながち間違いではない気がする。

 この後、誕生してからずっと不安視されていた脚元が彼を苦しめることになる。

 骨折。怪我の程度は重傷というほどではなかったが、それでも3カ月の休養を余儀なくされた。異次元のスピード能力がもたらす負の部分。さらに生まれながらの“外向き”というハンデ。この頃から彼の脚は悲鳴をあげていたのだ。

 復帰戦は5月7日のオープン戦。骨折明けという不安を感じさせない軽快な走りで連勝記録を6に伸ばした。ちなみに着差は7馬身。中野渡は愛馬の様子に最大限の関心を払い、決して無理をさせない騎乗に徹した結果である。

 それから3週間後の29日。日本ダービーが行われた。その日が近づくにつれ、マルゼンスキーの宿命がクローズアップされ、それに異議を唱える声が挙がった。とりわけファンの間で広がっていった。世代の最強馬が競馬の祭典に出走することができない。わかっていたことだが、彼だけは特例を与え走らせることはできないのか。

 国内の生産者保護という大義よりも、単純に年に一度の祭りの日にマルゼンスキーの異次元の走りを見たい。これが多くのファンの願いだった。

 そんな思いを代弁するようにレース直前、中野渡は参戦できない悔しさを次のように話している。
「大外でもいい。ほかの馬の邪魔はしない。賞金もいらない。この馬の能力を確かめるだけでいい」

 もちろん規則を変えることはできず、マルゼンスキーは6月26日に行われた「日本短波賞」へ向かった。ダービーに駒を進められなかった馬たちが多く出走することから《残念ダービー》と言われるレース。この日、中山競馬場には8万人を超える大観衆がマルゼンスキーにエールを送った。その期待に応え、ここでも7馬身差の圧勝。2着のプレストウコウは秋に入って「セントライト記念」「京都新聞杯」を連勝して菊花賞を制した実力馬だった。

 それから1カ月後の7月24日。生まれ故郷、北海道のファンの前にその雄姿を現した。札幌競馬場で行われた「短距離ステークス」。初のダート戦。回避馬が多く5頭立てと寂しいレースだったが、重賞の常連で天皇賞や有馬記念にも挑戦していた古馬のヤマブキオーが出走。秋から冬に向け、世代を超えた最強馬になるための試金石の一戦、とみる人もいたが、彼には低すぎる壁だった。

 ダート戦では異例の前半600㍍を33秒2で通過、10馬身の差をつけてゴール。中野渡は最後の直線で軽く気合を入れただけだった。

 8戦全勝。このまま異次元の快速馬は日本での残された月日を一気に走り抜けていくはずだった。
 屈腱炎の発症。失望と落胆が交錯したが、幸い症状は軽く、TTGが満を持して待ち構える有馬記念へ直行することになった。最高の舞台で頂上決戦が見られる。ファンは安堵した。しかし…。レースを間近に控えた調教中に再発、出走を断念。夢は無情にも潰えた。

 ついに真の実力をベールに包みターフを去った名馬。その名をマルゼンスキーという。
 (文中敬称略)

78年1月15日に東京競馬場で行われた引退式には、6万人を超えるファンが詰めかけた。マルゼンスキーは日本短波賞を制した時のゼッケンをつけて登場。中野渡騎手を背に、ファンへ最後の勇姿を披露した©JRA

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マルゼンスキー MARUZENSKY

1974年5月19日生 牡 鹿毛

Nijinsky
シル(父Buckpasser)
馬主
橋本善吉氏
調教師
本郷重彦(東京)
生産牧場
橋本善吉氏(北海道・早来町)
通算成績
8戦8勝
総収得賞金
7660万1000円
主な勝ち鞍
76朝日杯3歳S/77日本短波賞
表彰歴等
90年顕彰馬に選出
JRA賞受賞歴
76最優秀2歳牡馬

2018年9月号

広見 直樹 NAOKI HIROMI

1952年生まれ、東京都出身。早稲田大学を中退後、雑誌編集者、記者を経てフリーのライターとなる。著書に「風の伝説 ターフを駆け抜けた栄光と死」、「日本官僚史!」「傑作ノンフィクション集 競馬人」(共著)など。

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