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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    欧州競馬関係者の衝撃
    日本競馬界に与えた勇気

    伝統のあるフランスのマイルG1 を制して岡部騎手も喜びの表情©H.Imai/JRA

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     戻ってくるタイキシャトルと岡部ジョッキーを拍手で迎える。あちこちでバンザイの声がする。稲葉厩務員と松田調教助手がホッとした表情を見せて、私は私でフランスやイギリスのプレスに「おめでとう!」とバシバシ肩を叩かれる。藤沢調教師とがっちり握手した岡部ジョッキーの笑顔がはじけた。大勢のカメラマンを引き連れて、当のタイキシャトルはケロッとしているみたいに見える。一秒一秒が夢のように過ぎていくのがもったいなかった。このために、この瞬間のために、ホースマンは想像を絶する地味で繊細な仕事を毎日毎時毎分毎秒こなすのだ。勝利が得難ければ得難いほど、喜びは大きくなる。大樹ファームの赤澤芳樹社長夫妻、藤沢調教師、岡部ジョッキーが並んだ表彰式では、うるんだジョッキーの目を見てついもらい泣きした。
    「みんなが一所懸命に打ち込んできたことがこうやって最高のかたちになったことがほんとうにうれしい。長年の夢であったことがかなった」と岡部ジョッキー。
    「デビュー前に脚を非常に痛がったことが頭にあったので、無事に走らすことだけを考えて、調教では無理ができなかった。そのため少し太いかなと思っていたけれど、大丈夫だったね」と藤沢調教師。クロフネミステリーとタイキブリザードの遠征で学んだことを生かし、海外G1をつかんだのは、さすがというしかない。馬優先主義の二人に育てられたタイキシャトルは幸運だった。

     タイキシャトルのジャックルマロワ賞制覇は、シンボリルドルフのサンルイレイステークス惨敗のリベンジが、12年のときを経てかたちになったのだとも言えよう。あの一戦が日本馬の海外遠征への勇気と海外G1制覇への夢を木っ端みじんに砕いたことを思えば、あのときのジョッキー岡部幸雄と調教助手だった藤沢和雄、二人の思いのたけはどれほどのものであったであろうか。98年8月のドーヴィルの8日間が、ヨーロッパ競馬関係者に与えた衝撃は大きく、日本競馬界に与えた勇気ははかりしれない。

     帰国してから、タイキシャトルはマイルチャンピオンシップを勝ち、スプリンターズステークスで3着に敗れ引退する。そして短距離馬としては史上初めてこの年の年度代表馬に選ばれた。

     生涯成績13戦11勝2着1回3着1回。圧倒的な強さは、絶対的なスピードと強じんな精神力にもとづいている。レースでの自在性は「要求したことがなんでもできる馬」(岡部)だからだそうだ。もちろんそれは厩舎スタッフが、傲慢ともいえるほど気位の高いシャトルをやさしく、ときに厳しく、機嫌をそこねないように配慮して、レースに集中できる環境を常に保ち続けた結果である。
    「あの馬は余裕があるもんだから、レース中でも穴ぼこや影を見つけるとポンって飛ぶんだ。遊びながら走ってる」と二十年前を振り返り、岡部さんは笑いながら話してくれた。シンボリルドルフがエリート教育を受けて育ったのに対し、タイキシャトルは雑草のように自分の力でのし上がってきた馬だとも言う。2000㍍のレースは一度走らせてみたかったと言う岡部さんに、一番のレースはやっぱりジャックルマロワ賞ですかと聞いたら、意外なことに「一番楽しかったのはデビュー戦。みんなが思ってたことをすべて覆した勝ち方をしてくれた。あの一戦の中に、のちのタイキシャトルのすべてがつまっていたと思うよ」という答えが返ってきた。

     わずか一年八カ月の現役生活の間にタイキシャトルが見せたパフォーマンスの一つ一つが、この馬の並外れた強さを示してくれる。「能力が高いから余裕がある。余裕があるから屈折や緊張がない」と岡部さんが言うのを聞くと、この馬のスケールの大きさがわかる。雄大な馬格に似合わぬ尾花栗毛の甘いマスク。アメリカで生まれアイルランドで育ち、日本とフランスで走ったタイキシャトルに、国境など意味がなかったのかもしれない。そのワールドワイドな足跡をたどってみるとき、タイキシャトルこそ日本競馬史上最強のマイラーと呼ぶにふさわしい馬だと思えるのだ。

    タイキシャトルの関係者の輪はいつも華やかな印象を与えた(写真は98年マイルチャンピオンシップ)©H.Imai/JRA

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    タイキシャトル TAIKI SHUTTLE

    1994年3月23日生 牡 栗毛

    Devil's Bag
    ウェルシュマフィン(父Caerleon)
    馬主
    ㈲大樹ファーム
    調教師
    藤沢和雄(美浦)
    生産者
    Taiki Farm(米国)
    通算成績
    13戦11勝(うち海外1戦1勝)
    総収得賞金
    6億3770万5000円(うち海外2222万円)
    主な勝ち鞍
    97・98マイルチャンピオンシップ(GⅠ)/98ジャックルマロワ賞(仏G1)/98安田記念(GⅠ)/97スプリンターズS(GⅠ)/98京王杯スプリングC(GⅡ)/97スワンS(GⅡ)/97ユニコーンS(GⅢ)
    表彰歴等
    顕彰馬(99年選出)
    JRA賞受賞歴
    98年度代表馬、最優秀短距離馬、最優秀4歳以上牡馬/97最優秀短距離馬

    2017年11月号

    谷川 直子 NAOKO TANIGAWA

    1960年生まれ、兵庫県出身。筑波大学第二学群比較文化学類を卒業後、「詩と思想」「現代詩手帖」などの雑誌編集に携わる。著書に「競馬の国のアリス」「芦毛のアン」「注文の多い競馬場」など(高橋直子名義)。

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