story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 27
天馬と呼ばれた歴史的名馬
トウショウボーイの物語
2017年9月号掲載
ダービー、菊花賞と敗戦
筋書きのないドラマが…
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無敗同士の初対決。東西の若きスターが雌雄を決する。ハイセイコーによって競馬の魅力を知ったファンは、あの頃の熱気を思い出し、昔から親しんできた人々も馬券を離れて勝敗の行方に思いをはせる。ほころびかけた競馬の大衆化はここから一気に開花のときを迎える。
ただ本番を前にひとつ気がかりなことがあった。毎年この時期に行われる春闘の交渉が難航し、皐月賞当日の開催が危ぶまれる。そんな情報が流れていた。そして不安は現実となり、1週間遅れて東京競馬場でこの年の皐月賞は行われた。
微妙なローテーションの狂いはどちらに影響を与えるのか。スポーツマスコミは2頭の動向を詳細に報じたが、観戦する側は待たされたことへの不満は抱いたものの、それによってレースへの関心が薄れることはなかった。
これから何度も目撃することになる名勝負の第一ラウンド。結果は2頭が1、2着する理想的な決着で終わったが、物足りなさも感じた。1番人気は実績からテンポイントに譲ったが、ゴールでは5馬身の差をつけて楽勝。ライバルは2着を死守するのがやっとだった。
テンポイントファンは落胆し、トウショウボーイに声援を送った者も、あっけない幕切れに戸惑った。これほどの力の差があったのか…。
後日、テンポイントは開催延期による影響で調子を落としていた、という話も伝わってきたが、この時点でトウショウボーイはライバルと肩を並べ、これから先、2頭の名の頭文字からTT時代に入っていく。そして、ゴールを目差し加速した途端、あっという間に後続馬を突き放す走りは、まるで天へ駆け上るようだと、“天馬”と呼ばれるようになった。
デビューから4カ月。わずか5戦目で世代の頂点に立つ。天馬は勇躍、日本ダービーへ向かった。単勝支持率は40%を超え、テンポイントを圧倒した同じ舞台で今度も独演会が開催される。そんなムードの中、レースは始まった。
500㌔を超える雄大な馬体から繰り出される卓越したスピード能力。ここまでの4戦も楽々と先行して直線で他馬を圧倒する横綱相撲を披露してきた。ここでもスタートから先頭を奪い、あとは差を広げながらゴールへ突き進むはずだった。が、意外なドラマが待っていた。外から内へ進路を取り、馬体を併せてきたライバルがいた。クライムカイザー。思わぬ展開に怯んだのか、天馬は引導を渡すタイミングを失い、天へ駆け上るのを躊躇った。その間隙を突きクライムカイザーがトップを奪い、形勢は一変した。その差が4馬身ほど広がったとき、ようやく追撃を開始したが、1馬身半差まで詰め寄ったところがゴールだった。
初めての敗北。ちなみにテンポイントは精彩を欠き7着と惨敗を喫している。
こうしてTT時代のプロローグは興奮と落胆のなかで幕を閉じ、本編の開幕は秋まで待たなくてはならなかった。
夏の間は生まれ故郷でリフレッシュする。一流馬の平均的な過ごし方だが、トウショウボーイは北海道での短い休養を挟み、7月11日に行われた札幌記念に出走している。当時の札幌競馬場はダートコースしかなく、伝統の重賞競走は夏のダート王決定戦というイメージが強かったが、トウショウボーイの参戦によって大きな話題を集め、競馬場は6万人以上の大観衆で埋め尽くされた。
ダービーに続く2着。ただし敗因はスタート直後の立ち遅れで最後方からのレースを強いられたこととはっきりしていた。それ以上に短い直線、不慣れな砂のコースでクビ差まで詰め寄った末脚は際立っており、2度目の敗北も彼への失望にはつながることはなかった。
秋。鞍上に天才福永洋一を迎え、菊花賞までの2戦、天馬は無類の強さを見せつけた。神戸新聞杯では、ダービーで苦汁を飲まされたクライムカイザーに5馬身の差をつけ、2000㍍の走破タイムもそれまでのレコードを1秒上回る1分58秒9と驚異のスピードで走り抜けた。
久しぶりのTT対決となった菊花賞。だが、この時点では皐月賞のような二強ムードはなかった。春以来、順調さを欠いたテンポイントに寄せられたのは期待より不安のほうが大きかった。しかし、レースでは終始トウショウボーイをマーク、直線で抜き去ると場内は大歓声に包まれた。トウショウボーイが負けるのも“事件”ならばテンポイントが復活するのも“事件”だった。その二つを目撃する奇妙な興奮を感じた瞬間、狙いすましたように内ラチ沿いからグリーングラスが脚を伸ばし、2頭を抜き去っていった。のちに2頭とともに時代の一角を担う名馬だが、この時点では600万条件を勝ったばかりの伏兵。12番人気の激走に誰もが声を失った。同時に競馬は筋書きのないドラマ。この言葉を改めて実感した。
この後、トウショウボーイは有馬記念へ。一方、敗れはしたがライバルに一矢報いたテンポイントも出走し、暮れの大一番で4度目のTT対決が実現した。
この年、そして翌年と2年連続で繰り広げられる“名勝負”の第一ラウンド。天馬は歴戦の強者を相手に終始主導権を握り、直線で追いすがるテンポイントに1馬身半の差をつけ優勝。現役最強馬であることを証明し、年度代表馬の座に就いた。ちなみに3歳馬の1、2着フィニッシュは有馬記念史上はじめてだった。
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