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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

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「日本的なマル外」の登場は
"転機"として不可欠だった

1999宝塚記念©H.Imai/JRA

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 歴史を振り返ってグラスワンダーの果たした役割を考えるならば、まさしくこの点だったのではないかと思う。エルコンドルパサーはいわば急進派のマル外で、成し遂げたことの凄さは理解されても、その主義主張に付いていけないドメスティックな競馬ファンもいた。一方でグラスワンダーは穏健派で、自ら日本に溶け込むことにより、マル外に対する潜在的な拒否反応を薄めていったのではないだろうか。

 いまの時代、日本調教馬かどうかという点に意識は行っても、それが外国産馬か内国産馬かで人気や応援に差が出ることはまず無いだろう。それが自然な状態でもあるのだが、その自然な状態が形成されていくきっかけになったのがグラスワンダーであったように感じられてならない。

 もちろんその動きは、グラスワンダーただ1頭によってなし遂げられたというわけではない。環境の変化も大きい。日本産馬のレベルが上がり、関係者やファンの気持ちに余裕が生まれたこともあるだろう。景気や為替も作用してマル外の絶対数が減り、外敵として目くじらをたてる必要が減っていったということもあるだろう。

 それでもやはり、どこかで「日本的なマル外」がターニングポイントとして登場することは不可欠だったように思える。そしてその仮説が正しいとしたら、役割を果たしたのはやはりグラスワンダーだったはずだ。もちろん、活躍したマル外は他にもたくさんいる。しかしグラスワンダーほど泥臭く、日本的な価値観を帯びて走った馬はいない。他のマル外をどれだけ思い浮かべてみても、いちばんしっくりくるのはグラスワンダーだ。

 本稿を書くにあたって、グラスワンダーの果たした役割を指し示す言葉は何であろうかということを考えた。そこで思いついたのが「融合」だ。

 グラスワンダーが生まれ、日本にやってきた頃、日本ではまだ開放主義と保護主義が激しく戦っていた。「外敵」に対する拒否反応もあった。グラスワンダー自身、2歳時にはただ強いだけのマル外だったかもしれない。

 しかし3歳春の挫折をきっかけに、グラスワンダーは苦悩し努力するむきだしの1頭として、ファンの前にその身をさらけ出した。それに打たれたファンは、区別することや排除する発想を、少しずつ捨てていったのではないだろうか。それはやがて、競走馬は競走馬だという当たり前の認識に繋がった。大げさに言えば、グラスワンダーは横文字の文化と日本の文化を融合させたのだ。

 実際、マル外には血のドラマが無いからファンの支持が得られない、といった理屈はグラスワンダーには当てはまらないはずだ。グラスワンダーは、多くの内国産スターホースと同様にファンを沸かせ、ファンに支持された。
 むしろ引退後のグラスワンダーは、「元マル外」であっても自分が血のドラマを紡いでいけばいい、ということを示している。それも高いレベルで。

 まずは自身の好敵手を生み出したサンデーサイレンスを母の父とし、自らは父としてスクリーンヒーローをターフに送り出した。スクリーンヒーローが制したGⅠといえばジャパンカップ。自身が3歳時にも4歳時にも出走できなかったレースだ。

 そのスクリーンヒーローの代表産駒がモーリスだ。日高の決して大きくは無い牧場に生まれ、トレーニングセール上場馬として鍛えられ、見出したノーザンファームの育成とマネジメントによって天下を取ったモーリス。その活躍は日本競馬のあらゆる部門がこの20年で大きく成長したことを象徴している。

 スクリーンヒーローが父にジャパンカップ優勝を報告したのと同様に、モーリスは祖父が踏み出す機会も得られなかった世界の舞台を制し、それを報告した。この段階に至ってなお、グラスワンダーの血統表が横文字だったかカタカナだったかというようなことにこだわる者はいないだろう。融合は完全に成されたのだ。

 競走馬グラスワンダーも種牡馬グラスワンダーも、自らの手柄を大声で主張することはない。しかしその存在感や果たした役割は、確実に大きい。

1999有馬記念©H.Imai/JRA

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グラスワンダー GRASS WONDER

1995年2月18日生 牡 栗毛

Silver Hawk
Ameriflora(父Danzig)
馬主
半沢㈲
調教師
尾形充弘(美浦)
生産者
Phillips Racing Partnership & John Phillips(米国)
通算成績
15戦9勝
総収得賞金
6億9164万6000円
主な勝ち鞍
98・99有馬記念(GⅠ)/99宝塚記念(GⅠ)/97朝日杯3歳S(GⅠ)/99毎日王冠(GⅡ)/99京王杯スプリングC(GⅡ)/97京成杯3歳S(GⅡ)
JRA賞受賞歴
97最優秀2歳牡馬/99特別賞

2017年7月号

須田 鷹雄 TAKAO SUDA

1970年生まれ、東京都出身。東京大学経済学部在学中の1990年に別冊宝島『競馬ダントツ読本』でライターデビュー。JR東日本入社を経て、96年の退社後は競馬ライターとして連載や執筆活動のほか、テレビ、ラジオにも出演。競馬番組や格闘技番組の放送作家を務めるなど幅広い分野で活動している。

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