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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    2着確保で拍手が沸き起こった
    引退レースの74年有馬記念

    74年の宝塚記念では、2着馬に5馬身もの差をつけ、レコードタイムで快勝した©JRA

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     74年1月。恒例の年度代表馬が発表された。選ばれたのはタケホープだった。ダービー、菊花賞の二冠を制したのだから、この結果は順当と言える。そして、ハイセイコーには特別に設けられた「大衆賞」という、いかにも“らしい”賞が与えられた。

     1月20日。新年早々、アイドルは戦いの場に姿を現した。アメリカジョッキークラブカップ。宿敵タケホープも出走してきた。雪辱を果たすに相応しいステージはまだ先でも、幸先のいいスタートは切ってほしい。しかし、そんな願いも叶わなかった。タケホープの9着。ライバルの影を懸命に追いかける姿を見たファンはため息をついた。だが次走の中山記念で思い切り溜飲を下げることになる。

     皐月の栄冠を手にした中山競馬場。距離は1800㍍。さらに得意とする不良馬場。復活のお膳立ては揃っていた。

     ダッシュよく飛び出したハイセイコーは、中央にやって来て以来、最高の走りを見せてくれた。大差勝ち。3着のタケホープには2秒2の差をつける完勝だった。

     今度こそ念願を果たしてくれる。舞台は天皇賞(春)。ファンは一日千秋の思いで待った。

     5月5日。淀の競馬場。距離は菊花賞よりもさらに200㍍長くなる。ハイセイコーにとって楽な戦いではない。それでもデビュー以来、17戦連続となる1番人気に支持された。さらに、戦前、ここを勝ってアメリカ遠征という壮大なプランも練られていたが、またしても夢は打ち砕かれた。

     3コーナー過ぎから先頭に立ったもののタケホープの6着。これまで何度も目にしてきた光景。しかし、ファンは彼を見捨てようとはしなかった。「まだ先があるよ」。

     こんな優しい気持ちに応えアイドルは懸命に走り続け、結果を残した。

     ライバルは休養に入り不在だったが、宝塚記念では2着馬に5馬身の差をつけレコードで快勝。続く高松宮杯も先行して押し切る得意のパターンで勝利。とりわけ、高松宮杯は初見参の中京競馬場に7万人の大観衆が詰めかけ、中央デビュー戦の弥生賞を思い出させる熱狂ぶりで、人気の根強さを証明した。

     この後、年内いっぱいで現役から退くことが発表され狂想曲は最終楽章に入った。

     夏を無事に過ごし、競走馬として迎えた3度目の秋は驚くほど足早に通り過ぎていく。

     天皇賞(秋)を目指し京都大賞典から始動したが4着。2着したオープン戦では鼻出血のアクシデントに見舞われ天皇賞への出走は叶わなくなった。残されたチャンスは有馬記念。ライバルもこのレースでターフを去る。

     物語は一気にエンディングを迎える。

     12月15日。有馬記念。曇り空。馬場コンデションは稍重。この時期に相応しい底冷えのする中山競馬場にはラストランを見届けようとファンが集結した。異常な熱狂は去り、アイドルの最後の雄姿を静かに見守る。そんな雰囲気の中、ゲートは開いた。

     先頭を奪ったのは、一つ年上のタニノチカラだった。前年の有馬記念でハイセイコーを意識するあまり動けず、結果、先行馬を捉えきれずに4着に敗れた。まともに走れば…。雪辱を果たそうと密かに牙を研いでいた。

     ハイセイコーは先団につけ、タケホープは後方で待機。レースが動いたのは向正面。ハイセイコーが2番手まで進出、タケホープが続く。直線で2頭揃って追撃態勢に入ると、デビュー戦を思い出させる大歓声があがった。タニノチカラを捉え、タケホープを押さえる。そんな最高のシーンを思い描いた。

     しかし、2頭とタニノチカラとの差は一向に縮まらない。結局、5馬身の差をつけてタニノチカラが悠々とゴールを駆け抜け、狂想曲は終了する。いや、終わるはずだった。

     気が付くと観衆の視線は2着争いの行方にくぎ付けになっていた。そして、ハイセイコーがタケホープの猛追をしのぎ2着を確保すると一斉に拍手が沸き起こり、歓喜が場内に満ち溢れ、ようやく終焉を迎えた。

     ハイセイコーの時代。

     振り返れば、わずか2年間の祭りの日々。

     私たちは思い切り競馬の面白さを堪能し、いまも魅了され続けている。だから、これからも語り継いでいかなければならない、あの楽しかった日々を。名馬への感謝の気持ちも込めて。

    1973NHK杯©JRA

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    ハイセイコー HAISEIKO

    1970年3月6日生 牡 鹿毛

    チャイナロック
    ハイユウ(父カリム)
    馬主
    ㈱玉優→㈱ホースマンクラブ
    調教師
    伊藤正美(大井)→鈴木勝太郎(東京)
    生産牧場
    武田牧場
    通算成績
    22戦13勝(うち地方6戦6勝)
    総収得賞金
    2億1953万9600円(地方含む)
    主な勝ち鞍
    74宝塚記念/73皐月賞/74高松宮杯/74中山記念/73NHK杯/73スプリングS/73弥生賞
    表彰歴等
    顕彰馬(84年選出)
    JRA賞受賞歴
    73優駿賞大衆賞

    2016年12月号

    広見 直樹 NAOKI HIROMI

    1952年生まれ、東京都出身。早稲田大学を中退後、雑誌編集者、記者を経てフリーのライターとなる。著書に「風の伝説 ターフを駆け抜けた栄光と死」、「日本官僚史!」「傑作ノンフィクション集 競馬人」(共著)など。

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