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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    溜めてきたエネルギーを爆発させ
    5馬身突き放してダービー制覇

    1998日本ダービー©H.Imai/JRA

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     6月7日、第65回日本ダービーの馬場コンディションは稍重だった。

     スペシャルウィークは単勝2・0倍の1番人気。武にとっては、2年前のダンスインザダーク以来、ダービーでは2度目の1番人気の騎乗馬となった。

     ゲートが開くと、スペシャルウィークは遅れ気味のスタートを切り、先頭から6、7馬身離れた中団につけて、向正面に入った。

     武が手綱を引いても前へ行きたがり、やや掛かり気味に見えた。普通、この距離で掛かることはマイナスなのだが、それまでの5戦でダービー仕様の走りを教え込み、掛かるような乗り方をしてこなかった。その馬が引っ張り切りの手応えで走っているのだから、武は不安になるどころか、嬉しくなったという。

     岡部幸雄・タイキブライドルの真後ろにつけたころには折り合っていた。

     ――いいところがとれたぞ。

     絶対に変な動きをしない岡部の後ろは最も安全なポジションである。

     1000㍍通過は1分0秒6。馬場状態を考えると、やや速い流れだ。

     ――慌てなくても大丈夫だ。

     道中、武は何度も自身にそう言い聞かせた。このコースは力どおりに決まる。一番強いのは自分の馬だ。能力を引き出す騎乗をすれば、結果はついてくる。

     3コーナー手前で馬場のいい外目に出て、下がって来そうにない手応えのダイワスペリアーの後ろにつけた。

     他馬の騎手たちが大きなアクションで追いはじめても、武は、手綱をがちっと抑えたまま直線に入った。
     ――慌てなくても大丈夫だ。

     前を馬群の壁に塞がれていたが、ここでも自身にそう言い聞かせた。

     ――必ず前が開く。一瞬でも開けば、抜け出せるはずだ。

     スペシャルウィークの抜群の手応えが、そう思わせてくれた。

     狙いどおり、目の前に馬一頭ぶんの隙間ができた。次の瞬間、武はそこにスペシャルウィークを誘導し、突き抜けた。

     溜めてきたエネルギーを爆発させたスペシャルウィークは、2着を5馬身突き放してフィニッシュした。

     武は、10度目のダービー参戦にして、ついにその栄冠を勝ちとった。

     過去9度の敗戦と、ダービーに出られなかった馬たちの背で得たすべての経験が糧となった。物心ついたときには「騎手になりたい」と思い、ダービーを勝つことを夢見てきた。ついに、子供のころからの夢が叶った。

     検量室前に戻ると、他馬の関係者まで拍手で迎えてくれた。通算1468勝目にしてようやく味わうことのできた「ダービーの味」は格別だった。

     ――こんなにいいものなら、また何度でも味わいたい。

     彼は、その願いを、翌99年のアドマイヤベガ、2002年のタニノギムレット、05年のディープインパクト、13年のキズナの背で叶えた。

     かつては敗戦からしか学べなかったものが、スペシャルウィークのおかげで、勝利からも学べるようになった。その意味でも、大きな一勝だった。

     秋初戦の京都新聞杯を順当に勝ち、菊花賞に臨むも、ライバルのセイウンスカイの逃げ切りを許し、3馬身半差の2着。

     つづくジャパンCは、武が騎乗停止中だったため岡部が騎乗し、同世代のエルコンドルパサーの3着だった。

     99年の年明け初戦となったアメリカジョッキークラブCは、武がシーキングザパールとともにアメリカ遠征中だったためオリビエ・ペリエが手綱をとり、3馬身差で快勝。

     次走の阪神大賞典で、実戦では4カ月半ぶりに武に手綱が戻ってきた。だが、セイウンスカイに突き放された菊花賞と同じ3000㍍、折からの雨による重馬場と、悪い条件が揃ったため、メジロブライトに1番人気を譲ることに。しかし、フタを開けてみれば、そのメジロブライトに4分の3馬身差をつけて快勝。2頭の後ろは7馬身チギれたマッチレースで、パワーアップした姿を披露した。

     実は、武は、菊花賞で敗れたころから、右回りでは、左回りほどの強さを発揮できないのではないかと心配していたという。それを、道悪に対する不安と一緒に、スペシャルウィーク自身が吹き飛ばしてくれた。

     そして、第119回天皇賞(春)。1番人気に支持されたスペシャルウィークは、好スタートから3番手につけ、横綱相撲で完勝。レースぶりに幅を見せながら、2つ目のGⅠタイトルを獲得した。

     しかし、次走の宝塚記念はグラスワンダーに3馬身離された2着。そして、秋初戦の京都大賞典ではデビュー以来初めて掲示板にも載らない7着に惨敗した。

     らしからぬ敗戦がつづいたことで、

     ――今のスペシャルウィークにとって、2000㍍では距離不足なのではないか。

     といった憶測というか、不安説が飛び交うようになった。

     それもあって、10月31日の第120回天皇賞(秋)では、セイウンスカイ、ツルマルツヨシ、メジロブライトに次ぐ4番人気の支持にとどまった。

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