競馬場レースイメージ
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出走馬の様子
馬の横顔イメージ

story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    是が非でも欲しかった母馬を
    執念で入手したオーナー

     そんな隆氏が、92年の暮れに英国で開催されたタタソールズ繁殖市場のカタログで、目を止めた馬がいた。4㌢近い幅のある分厚いカタログに網羅された933頭の中で、隆氏が興味をそそられたのは、上場番号1799番として記載されていた、3歳の牝馬サドラーズギャルだった。競走成績は、愛国で9戦し、いずれも5着以下に敗れての未勝利で、その母グレンヴェイグは未出走馬だった。父がサドラーズウェルズで、母の父は北米三冠馬のシアトルスルーだったから、配合されていた種牡馬は上質だった。そして、母の弟に前年愛国でGⅠナショナルSを制したファーザーランドがいて、祖母の兄にGⅠサセックスS勝ち馬サッチ、祖母の弟に北米でGⅠ2勝のキングペリノアがいるという、活気ある牝系を背景に持っていた。だが隆氏が目をつけたのは、同馬の血統のもっと奥深いところだった。サドラーズギャルの祖母リサデルと、父サドラーズウェルズの祖母スペシャルは、ともに父フォルリ・母ソングという全姉妹だった。すなわち、サドラーズギャルはフォルリとソングをいずれも3×4で内包していたのである。ソングの母の名をとりラフショッド系と称されるファミリーは、サドラーズギャルの血統表に登場する馬たち以外にも、サドラーズウェルズの全弟にあたるテイトギャラリー、その兄弟からすると叔父にあたるヌレイエフや従兄弟にあたるジェイドロバリー、ソングの全姉モカシンとその産駒アパラチー、ソングの全兄ライダンなど、欧米両大陸で活躍馬や種牡馬を輩出している名門だった。自身の競走成績がないサドラーズギャルは、ラフショッド系の繁殖牝馬を手に入れたいと考えていた隆氏にとって、手頃な価格で入手できる格好の標的に思えた。

     かねてから信頼を置いていた、レイシングジャパン・ブラッドストックという商社を営む桜井盛夫氏を、隆氏は自らの代理人として英国に派遣。しかし、現地に赴いた桜井氏から届いた報告は、隆氏をおおいに落胆させるものだった。サドラーズギャルが体調を崩し、上場を取り止めたと桜井氏は連絡してきたのだ。だが、サドラーズギャルの血にこだわる隆氏は諦めなかった。同馬が繋養されている愛国まで足を伸ばし、売り主と直接交渉して購買してくれないかと、桜井氏に依頼したのである。急遽愛国に飛んだ桜井氏から、売り主は売却に応じるとの連絡が入ったが、隆氏が気にしたのはサドラーズギャルの体調だった。「飛行機に乗れないほど悪いのか」と訊くと「それほど悪いわけではない」との回答で、それならば交渉をまとめて下さいと指示。サドラーズギャルは渡邊隆氏の所有馬となった。

     サドラーズギャルにどの種馬を付けるか、隆氏の頭の中には既に配合プランがあった。隆氏が馬の健康状態を気遣ったのは、付けたい種牡馬が米国で供用されていたからで、飛行機に乗れないのであれば、自分が思い描く配合を実行することが出来なかったのである。

     1年目にエーピーインディを交配して牡馬が生まれた後、2年目の交配相手に選んだキングマンボこそ、隆氏がサドラーズギャルに付けたかった種牡馬だった。仏国を拠点に走り、仏2000ギニーやムーラン賞、ロイヤルアスコットのセントジェームズパレスSなどを制した後、94年にケンタッキーで種牡馬入りしたのがキングマンボである。同馬の母はGⅠ10勝の名牝ミエスクで、その父はヌレイエフだ。サドラーズギャルにキングマンボを交配すれば、ヌレイエフの母でサドラーズウェルズの祖母であるスペシャルの4×4が形成され、のみならず、スペシャルとリサデルの両親であるフォルリとソングをいずれも4×5×5で持つことになる。なおかつ、だ。サドラーズウェルズの父でありヌレイエフの父であるノーザンダンサーの3×4を形成するという、良血が幾重にも交錯する配合表が出来上がるのだった。後に隆氏は「プロの皆さんには反対された」と破顔したが、まさしく好事家が凝りに凝った、芸術的としか形容のしようがない配合だった。

     キングマンボの直仔から、本稿の主役であるエルコンドルパサーだけでなく、スターキングマン、キングカメハメハ、アルカセットといったGⅠ勝ち馬が出て、日本の競馬に合う種牡馬との定評が出来上がったのはずっと後のことで、供用初年度のキングマンボを交配した渡邊隆氏に、先見の明があったことは間違いない。

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