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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    競馬場での姿からは想像できない
    唯一無二の「スカーレットだけの顔」

    【Y.Kunihiro】

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     レース直前、馬道で安藤勝己騎手(当時)を背にしたまま立ち上がろうとしたり、ゲートを出るや、鞍上の制止を振り切って先頭に立ったり――と、競馬場で見せた姿から想像し得るキャラクターは、キツい性格で、気位の高い、とっつきにくいお嬢様、といった感じだった。

     ところが、自厩舎でかいま見られた素顔は、お嬢様でもお姫様でもない、唯一無二の「スカーレットだけの顔」とでも言うべきものだった。

     07年9月、桜花賞以来約5カ月ぶりの実戦となるローズSが近づいた日のことだった。私は、本誌の取材で栗東・松田国英厩舎にいた。松田調教師に話を聞いたあと、馬房の前で管理馬とのツーショットを撮影することになった。

    「一緒に撮るなら、ダイワスカーレットかフサイチホウオー、フサイチリシャールがいいと思います。あの3頭のような良血の期待馬は、小さいころから手をかけられ、自分だけ特別扱いされていると思っているので、ほかの馬がチヤホヤされていると機嫌を損ねてしまうんです」

     と松田調教師は、まずスカーレットの馬房を覗いた。が、なかを見るなり、苦笑して首を横に振った。

    「ダメです。寝ているところを起こされたものだから、機嫌が悪くて」

     そこで、フサイチホウオーとリシャールにモデルになってもらうことにした。

     撮影中、私は手があいたので、2頭の馬房から数頭ぶん離れたスカーレットの様子を見に行った。寝起きで機嫌が悪いという彼女がどんな表情をしているか気になったからだ。

     馬房の近くに立った私は、少しの間、動けなくなった。そして、プッと小さく吹き出してしまった。

     スカーレットのイジケた姿が、あまりに可笑しかったからだ。

     スカーレットは厩栓棒に胸前をあて、通路に首と顔を突き出していた。

     私が近づいても、置物のようにジッとしたまま動かない。耳を絞って後ろに向け、半びらきにした目で斜め下の一点を見つめ、下唇を突き出している。

     ――サラブレッドって、こんな顔をすることができるんだ。

     私にとってはある種の発見だった。

     ――これはカメラに収めなくては。

     とデジカメをとり出し、パシャパシャ撮ってもピクリともしない。

     確かに、この顔では雑誌の撮影には適さない。あの美形のスカーレットとは思えないブサ顔なのだ。

     ――私は今、とても不機嫌なの。

     と、動かない顔と全身で訴えているところが、なんとも言えず、よかった。

     どのくらいそうしていただろうか。あまりジッと見られていたら嫌かもしれないと思い、私は、数歩下がってスカーレットに背を向け、松田調教師のほうにカメラを向けた。少し経ってそっと振り向くと、スカーレットは首を突き出した同じ姿勢だったが、右耳だけこちら側に動かし、すぐ元に戻した。

     私のことを無視しているように見せながら、実は、ちょっと気にしていたようだ。その虚勢の張り方がいかにも人間ぽくて、愛らしかった。

     ただ機嫌が悪いだけなら、馬房の奥に引っ込むなり、こちらに尻を向けていただろうが、スカーレットは、自分がどんな気持ちでいるかを人間たちにわからせようとした。つまり、コミュニケーションをとりつづけようとしたのだ。

     走る馬は頭がいいというのは本当だな、とつくづく思った。

     翌月、秋華賞を勝ったあと、また松田厩舎を訪ねた。

    「スカーレットの顔を見せてもらってもいいですか」と言った私を、松田調教師が馬房に案内してくれた。

    「あ、きょうは大丈夫です。この精神状態ならさわっても嫌がりません」と、ひと目見て微笑んだ。

     この日のスカーレットは目をキラキラさせて鼻先を私に近づけ、顔を撫でさせてくれた。

     前月のムッツリ顔とあまりに違いすぎて、また笑ってしまった。

     ――私、可愛いでしょう。強いだけじゃないんだよ。

     と言われたような気がした。この馬は間違いなく、自分が綺麗な顔をしていることを自覚している、と思った。

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