story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 04
牝馬の時代を築いたダービー馬
ウオッカの記憶
2015年6月号掲載掲載
彼女はいつも、勝ったときには
すべてをひとりじめにした
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ダイワスカーレットとのハナ差の勝負に勝ったウオッカだが、つづくジャパンカップでは3着に負けている。さらに翌春は二度めのドバイ遠征を敢行したが5着、7着。またしても結果を出せずに帰国することになった。
ふたたび負けが込みはじめ、同時に引退の時期も現実として語られるようになった5歳のウオッカは、穏やかでやわらかな雰囲気を醸しだしていた。国内で最後になる1年もまた厳しいレースがつづいたが、肝心なところではいつものウオッカらしく劇的に勝利していった。
1年前には取りこぼしとも思える敗戦を喫したヴィクトリアマイルでは力の違いを見せつけるかのように独走した。牝馬同士のレースとはいえ、7馬身差は生涯最大の着差でもあった。
つづく安田記念ではなんとも印象的な走りを見せた。スタートからずっとスムースな走りをしていたにもかかわらず、直線でインコースの馬群が密集したところにはいってしまう苦しい戦いを強いられながら、首を上げ、体をひねり、前に開いた隙間を突き破るようにして抜け出てきたのだ。自らの力で窮地を脱した、驚くべき逆転劇だった。
これで六つのGⅠを手にしたウオッカにはどうしても勝たないといけないレースがひとつ残っていた。
ジャパンカップである。
ダービーのあと4勝していたが、マイル戦3勝と2000㍍の天皇賞である。本質はマイラーなのではないか。そんな評価が定まりつつあった。
それにたいして関係者は問題は距離ではなく折り合いだと考えていた。これは彼女の弱点のひとつでもあるのだが、大きなストライドで走るウオッカはペースが遅いとリズムを乱し、満足な走りができなかった。結果、過去二度のジャパンカップは4着、3着と負けている。
さいわい三度めは速いペースになった。先行馬を見るようにして4、5番手を進んだウオッカは安田記念のように内に閉じ込めらるのを避けたかったのか、いくらか早いタイミングで抜け出すと、そのまま後続を引き離していく。
楽勝だとだれもが思った。
ところが競馬の神様は最後にとっておきの驚きを用意していた。
スパートが早かった分だけゴール前で息切れしたウオッカに外から1頭オウケンブルースリが襲いかかる。猛然と追い込んできて、並び、ゴールしたときには完全に形勢は逆転していた。
またか。ダイワスカーレットとの勝負を彷彿させる長い写真判定に、こんどは負けたかも、とわたしは観念した。
それでもウオッカは勝った。彼女の鼻はいつも神に祝福されていた。
あの写真判定の結果が出たとき、わたしは反射的にヘミングウェイの短編小説集『勝者には何もやるな』(『勝者に報酬はない』)を思いだしていた。
「勝者にはくつろぎもよろこびも、栄光の思いも与えず、いかなる報償をも存在せしめないこと」
スポーツライティングでよく引用されるこのことばとは正反対のところにウオッカはいた。『勝者には――』の諸作にはあきらめの境地に達した男の絶望や死が描かれているが、わたしたちのヒロインはそんなものとは無縁だった。
彼女はいつも、勝ったときにはすべてをひとりじめにした。栄誉も報償も喝采も人々の記憶も。それがウオッカで、それが心地よかった。
ウオッカはジャパンカップのレース中に鼻出血し、規定で有馬記念に出られず、翌年の三度めのドバイ遠征でも初戦のGⅡで鼻出血してそのまま引退、アイルランドに渡って母となっている。
ファンとして残念なことだが、カントリー牧場は12年に閉鎖された。
◇
ウオッカについてあなたにはまだ語りたいことがあるだろう。話は尽きないだろう。それはわたしもおなじだ。
だからはっきりとわかるのだ。いつか、うざったい老人になったわたしは――もしかしたらあなたも――競馬場帰りの居酒屋で強い牝馬の話をしている人たちに会ったなら、こう言うはずだ。
「きみはウオッカを見たか」
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ウオッカ VODKA
2004年4月4日生 牝 鹿毛
- 父
- タニノギムレット
- 母
- タニノシスター(父ルション)
- 馬主
- 谷水雄三氏
- 調教師
- 角居勝彦(栗東)
- 生産牧場
- カントリー牧場(北海道・静内町)
- 通算成績
- 26戦10勝(うち海外4戦0勝)
- 総収得賞金
- 13億3356万5800円(うち海外2868万9800円)
- 主な勝ち鞍
- 09ジャパンC(GⅠ)/08・09安田記念(GⅠ)/09ヴィクトリアマイル(GⅠ)/08天皇賞・秋(GⅠ)/07日本ダービー(JpnⅠ)/06阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ)/07チューリップ賞(JpnⅢ)
- 表彰歴等
- 顕彰馬(11年選出)
- JRA賞受賞歴
- 06最優秀2歳牝馬/07JRA賞特別賞/08年度代表馬、最優秀4歳以上牝馬/09年度代表馬、最優秀4歳以上牝馬
2015年6月号掲載