story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 01
日本競馬の最強コンビ
ディープインパクトと武豊
2015年3月号掲載
こんなに考えさせられた馬は
初めてだった
すべての写真を見る(4枚)
06年の2月、管理調教師の池江泰郎から、ディープは、春の最大目標である天皇賞を使ったあとは、イギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスSかフランスの凱旋門賞のどちらかに向かう予定であると発表された。
年明け初戦の阪神大賞典は稍重発表だったが、武に言わせると「コンディションとしては不良」だった。そのやわらかな馬場も強風もものともせず、ディープは快勝した。
次走の天皇賞・春は圧巻だった。流れが遅いと見るや、2周目の3コーナーから一気に動いて前をひとまくりにし、2着に3馬身半差をつけて勝った。
「この馬はずっとみんなの夢を背負って走っている。その夢がどんどん大きくなるのは自然なことだし、ぼくも託すものが大きい。これだけ強くなれば、当然海外が視野に入ってくる。ただ、それは人間だけでは決められない。海外というのは、人が馬を連れて行くのではなく、馬が人を連れて行ってくれるものだから」
その後、ディープが宝塚記念から凱旋門賞に向かうことが発表された。
宝塚記念も圧勝だった。
「ディープ自身が、もっと大きな舞台で走らせてくれ、と思っているのかも。凱旋門賞は格好の舞台ですね」
武はこうも言った。
「この馬より強い馬が世界にいるのかな、と思います。ディープの強さを世界に見せたい。自分が騎乗者であって本当によかったと思います」
しかし、国内でのレース同様「負けられない」と思って臨んだ第85回凱旋門賞は、3位入線後失格という結果に終わった。前年の有馬記念同様、力を出し切っての敗戦でないことは明らかだった。ディープは、飛ばなかった。
凱旋門賞の10日後、ディープが年内で現役を退くことが発表された。そして、帰国初戦は11月26日の第26回ジャパンC、引退レースは12月24日の第51回有馬記念になることが決まった。
ジャパンCでは、とにかくディープらしい走りをさせることだけを考えてエスコートすると、本来の「飛ぶ走り」で、2着を2馬身突き放して勝った。
そしてラストランの有馬記念。いつものように後方につけ、4コーナーで外から前の馬たちを豪快にかわしにかかり、ラスト200㍍地点で先頭に立って、突き抜けた。圧勝のゴールは、詰めかけた観衆の大きな拍手に迎えられた。
パドックで尻っ跳ねすることも、返し馬でエキサイトすることも、ゲートで躓くことも、道中掛かることもなく、すべてのエネルギーをレースに集中し、強烈な「飛び」を見せた。
武は「これまでのベストレースは?」と訊かれたら、このレースを挙げることが多い。
「ぼくは今でもこの馬が世界で一番強いと思っています」
レース後、力強くそう言った。
「こんなにいろいろ考えさせられた馬は初めてでした。走ろうとする気持ちが強すぎて、難しい馬でしたね」
ついに最強馬は完成された。名手がその強さをフルに引き出し、ひとつの伝説が幕を下ろした。
「こういう馬がどこかにいるはずだと思っていたら、本当にいた。夢ではなく実在したのだから、またこういう馬に出会えるかもしれない。それがディープの仔だといいですね」
彼とともに、また「こういう馬」の登場を、待ちたい。 (文中敬称略)
ディープインパクト DEEP IMPACT
2002年3月25日生 牡 鹿毛
- 父
- サンデーサイレンス
- 母
- ウインドインハーヘア(父Alzao)
- 馬主
- 金子真人ホールディングス㈱
- 調教師
- 池江泰郎(栗東)
- 生産牧場
- ノーザンファーム(北海道・早来町)
- 通算成績
- 14戦12勝(うち海外1戦0勝)
- 総収得賞金
- 14億5455万1000円
- 主な勝ち鞍
- 06有馬記念(GⅠ)/06ジャパンC(GⅠ)/06宝塚記念(GⅠ)/06天皇賞・春(GⅠ)/05菊花賞(GⅠ)/05日本ダービー(GⅠ)/05皐月賞(GⅠ)/06阪神大賞典(GⅡ)/05神戸新聞杯(GⅡ)/05弥生賞(GⅡ)
- 表彰歴等
- 顕彰馬(08年選出)
- JRA賞受賞歴
- 06年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬/05年度代表馬、最優秀3歳牡馬
2015年3月号