story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 01
日本競馬の最強コンビ
ディープインパクトと武豊
2015年3月号掲載
独り占めしているみたいで
気分がよかった輪乗り
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ルドルフに乗ったことで岡部が騎手としてさらに進化したように、ディープに出会ってどんな変化があったか問うと、小さくウーンと唸ってからこう答えた。
「ぼくはずっと、こういう馬を探していた、という感じがする」
文学的とも言える表現だ。
「この馬は瞬発力がつづくんです。ドーンとゴールまでそのまま行く」など、ディープについて語る彼の言葉には、初めて聞くものが多かった。これほどの馬に乗ったのは初めてだったのだから、それも当然なのか。
後日、彼が探していた「こういう馬」とは具体的にどんな馬なのか訊いた。
「単純に、走るのが速い馬、です。スピードがあるとか、いい瞬発力があるといったすべてを超越した、圧倒的に足の速い馬が現れるのを待っていたんです。オグリキャップもサイレンススズカも速かったけど、どっちが上とかではなく、また感じの違う速さがあった」
ディープは秋初戦の神戸新聞杯を順当に勝ち、10月23日の第66回菊花賞に駒を進めた。京都競馬場では1万人を超えるファンが開門時に列をつくっており、ディープ像前での記念撮影整理券も、限定販売の記念弁当もすぐになくなった。
ディープが出走するレースのパドックはいつも静まり返り、人々の衣擦れの音までよく聴こえた。みな、一瞬たりともディープの動きを見逃すまいと、鋭い視線を送る。そこに武が現れ、馬上の人となった。彼にとって、極限まで張りつめた、至福の時間の始まりである。
「ディープを見たくてたくさんの人が集まってくるわけでしょう。ぼくはそのディープに、触れて、乗ることができるんだから、『いい役目だよなあ』と思いました。ぼくにとってもディープはアイドルでありヒーローだった。返し馬のあと輪乗りをしているときなんか、独り占めしているみたいで気分がよかったです」
ターフビジョンに輪乗りをするディープが大きく映し出され、菊花賞のゲートへと向かって行く。ここまではいつもどおりだったのだが、ゲートが開いてほどなく、場内がどよめきに包まれた。ディープが凄まじい勢いで前に行こうとし、武が後ろに重心をかけて手綱を引いても指示に従おうとしないのだ。ディープにとって、ゲートからゴールまでコースを1周半回る競馬は初めてだった。そのため、最初の3、4コーナーを勝負どころと勘違いし、全力で走ろうとしたらしい。
向正面でようやく折り合ったが、先行する馬たちとは20馬身ほども離れている。道中掛かったロスもあるし、とても届かないように見えたが、ディープはまたしても直線で飛び、優勝。84年のシンボリルドルフ以来21年ぶり、史上2頭目の無敗の三冠馬が誕生した。
しかし、次走の有馬記念ではハーツクライをとらえ切れず2着に惜敗。8戦目にして初めて敗北を喫した。
「力を出し切って負けたのならともかく、きょうはぜんぜん走っていない。なぜなのかはわかりません。この馬の主戦騎手としての責任と、自分の力のなさを感じています」
絞り出すようにそう言った。